mjk0722’s blog

おじさんジャニずき大学生の戯言

Cool & Soul① 他人に挑戦的な歌詞

「Cool&Soul」

 

だいすきなんです、この曲。私がブログ建てようと思ったの、この曲の話を誰かにしたかったからなんですけども。この曲を歌う時の嵐さんの表情、演出、歌い方が何とも言えないほど好きで。この曲を意味を考えながら聴いたとき、発狂したのを覚えてます。

 

その意味について、もうほんと今更だし、何番煎じ?って感じだけど、私のこの曲についての印象の話をしたいなと。私の感想とか思いとかだから、全然違う意見もあると思いますがご容赦ください。一つの感想、嵐好きの勝手な一人がたりだと思ってくださいね。

 

 

いや、まず、この曲、私自身すごく好きで。単純に‟言葉の詰まった曲が好き”という理由で好きだったんです。メロディーとか、歌詞の言い方が好きでした。

聴いていくうちにいろいろ意味が気になってきて。自分なりに訳したりして。でも、この曲って背景がすごく細かくて、嵐の過去についてきちんと知らないと、この曲の真意ってつかめないなと思ったんです。私は嵐を好きになったのが10年くらい前なんですが、しばらくは嵐の細かな内情とか知ろうとしてなくて。テレビで見れる嵐がすべての時期が結構長かったんです。そしてそれを知ろうと思ったころから必死にネットを駆使しました(笑)ネットは便利ですね(笑)

 

 

それはさておき。

じゃあ本題に。

 

 

「嵐は昔から売れてたわけじゃない、いろいろな苦労があって今があるんだ。」

 

 

なんて嵐の歴史について調べようとしたら一番に出てくる情報だと思います。でも、この曲ってホントにそれを表している曲だと思っていて。簡単に表せる内容じゃないと思うけど、簡単に言うなら、「俺たち嵐が創ってきた道、マネしたいならすればいい。マネしったって所詮二番煎じ。」っていう他人に対して挑戦的な内容と、「これからもっと成長していく。ついて来いよ」という自分たちに対して挑戦的な内容だと思うんです。

 

「俺たちの創ってきた道、マネしたいならすればいい。マネしたって所詮二番煎じ」という内容で、他人に対して挑戦的だと思ったことについて。

 

 この曲に出てくる「第二号」、「二番煎じ」について、ネットで検索をかければ出てくると思います。作詞した翔君の中には個人がいたんですよね。その「第二号」、「二番煎じ」である人に対して、「未開拓地」を切り開いた「パイオニア」はあくまでも「嵐」なんだと念を押しているように聞こえます。

 嵐には、「ジャニーズなんて所詮アイドル」「ジャニーズのくせにラップ」と馬鹿にされていた時期があって。その「ジャニーズのくせに」という言葉を受けながらも続けたからこその「嵐らしさ」があると思うんです。「ジャニーズのくせに」という言葉を意識していたのは、過去の嵐のメンバーの言葉を聞くと見えて来ると思います。最近だと、翔くんが夜会で「人一倍やらなければという意識はあった」と言っていました。

 

そういう、外にだす、表現するというのは翔くんが一番わかりやすくしている気がします。翔くんの昔のソロに「Anti-Anti」という曲があって。その曲の冒頭部分は「嵐?興味ないっすね」「ジャニーズでHip-Hopってねえ?」というような批判的な言葉に対して翔くんが「アイドルがどれほどのものか見せてやるよ!」という挑戦的なフレーズいいます。こういう演出を見ると、虐げられてきた過去がよく見えるし、その周りの批判に負けず続けた結果も見えるなと思うんです。「Anti-Anti」はもう幻の曲と化しつつありますけど、翔くんの原点になった曲だと、ものすごく勝手に思ってます。いつかこの曲についても書きたいな。

 

 

そして本題に戻ると、そういう過去を受け止めてきて、嵐が切り開いた「ラップ」という道がそのうち自然に受け入れられるようになってきて。アイドルのラップもあたりまえになっていく中で、それでも切り開いたのが嵐という事実は変わらなくて。それを切り開いていく中で「HipなPop」という、嵐なりの嵐だけの音楽ジャンルを見つけていった。だから後からきたやつが、「ラップは一番」とか言っても所詮二番煎じ。第二号なんだよ。っていうのが表面的な歌詞の取り方だったのかと。そこがわたしが挑戦的だと言った理由なんですけど

 

 

私はそれだけじゃないと思っていて。もちろんわかりやすく端的に言うとしゃしゃり出てくるなみたいな内容もあるんだろうけど、後輩たちや自分たちに「それだけじゃだめだ」っていってるみたいだと思ったんです。嵐はジャニーズがHip-hopでうるという道を創り出したパイオニアではあるけど、決してそれだけじゃない。ラップをすることだけが嵐の楽曲じゃない。嵐は「真似しがたいような HipなPop」を「5人で奏でる」ことで嵐らしさを確立した。だから、「ラップ」だけじゃだめ、そのグループとしては何がしたいの?っていっているように聞こえるんです。「ラップだけでは、ただのラッパーの真似事、君たちはアイドルなんだから、ラッパーの真似事をしているだけではだめ。新たな道を見つけなさい。その中で嵐の道は嵐が作ったものなんだから、そこを歩いてきてはただの二番煎じだよ。」と言っているような気がします。そんな甘ったれるなみたいな。

 

 

さあ、これだけでだいぶ長くなっちゃった、こんな書くつもりなかったのに。

ちょっと長いのでここで一端終わりにします。また、自分たちに挑戦的な歌詞と書いた理由と演出について話しにきます。

 

だらだらと長く、もう意味分からなくなっちゃっけど、もしどなたかの暇つぶしにでもなれば嬉しいです。

 

 

それではお休みなさい!